ボール、ロープ、ぬいぐるみ、噛むおもちゃ、フードトイ。
犬用品売り場には、たくさんのおもちゃが並んでいます。
「運動不足解消に」
「ストレス発散に」
「お留守番のお供に」
そんな言葉と一緒に紹介されることも多いですが、そもそも犬にとって、おもちゃとは何なのでしょうか。
ただ退屈をしのぐためのものなのか。
たくさん遊んで、疲れさせるためのものなのか。
それとも、人と犬が一緒に過ごすための道具なのか。
少し調べてみると、「犬のおもちゃ」という一見シンプルなテーマの向こうには、犬の行動や福祉に関わる、意外と深い世界があります。
今回は、特定のしつけ論ではなく、犬の行動について現在わかっていることを土台にしながら、おもちゃの役割を考えてみます。
おもちゃは、「犬らしい行動」をするためのひとつの手段

犬は、ただ散歩をして、ごはんを食べて、眠るだけの動物ではありません。
においを嗅ぎたい。
何かを追いかけたい。
捕まえたい。
噛みたい。
引っ張りたい。
物を運びたい。
何かを探したい。
人と一緒に遊びたい。
こうしたさまざまな「したい」を持っています。
家庭で暮らす犬は、人間の生活に合わせて暮らしています。
散歩の時間も、ごはんの時間も、行ける場所も、触っていいものも、多くを人が決めています。
だからこそ、犬自身が持っている行動の機会を、暮らしの中にどう作るかという視点はとても大切です。
動物福祉の分野では、動物がその種らしい行動をしたり、自分で選択したり、環境と関わったりする機会を増やすことを「環境エンリッチメント」と呼びます。
犬にとって、おもちゃもそのひとつになり得ます。
ただ置いておけばいい、という意味ではありません。
大切なのは、
そのおもちゃによって、その犬が何をできるのか。
ということです。
遊び方は、犬によって違う

新しいおもちゃを渡した瞬間、夢中になる犬。
ボールにはほとんど興味を示さないのに、ロープを見ると突然やる気になる犬。
ぬいぐるみを大切そうに運ぶ犬。
5分で解体する犬。
そもそも、おもちゃより人と追いかけっこする方が好きな犬。
どれも珍しいことではありません。
犬によって、楽しいと感じる行動が違います。
だから、
「犬ならボールが好き」
「知育玩具で遊ばせた方がいい」
「たくさん走らせれば満足する」
と、すべての犬に同じ遊び方を当てはめる必要はありません。
まず見るべきなのは、
この犬は、何をしているときに楽しそうなのか。
ということだと思います。
おもちゃを「形」ではなく「行動」で見る

おもちゃを選ぶとき、私たちはつい、
ボール。
ロープ。
ぬいぐるみ。
知育トイ。
という商品の種類で考えます。
でも犬側から見れば、もう少し違う分類ができそうです。
噛む
口に入れて、噛むことそのものを楽しむ。
追う・捕まえる
転がるものや投げられたものを追い、捕まえる。
引っ張る
人や犬と、ひとつの物を引っ張り合う。
探す
においや食べ物、おもちゃを探し出す。
考える
どうすれば中身が取れるのか、どう動かせばいいのかを試行錯誤する。
同じおもちゃでも、犬によって使い方は違います。
ロープのおもちゃをひたすら噛む犬もいれば、人に持ってきて「引っ張って」と誘う犬もいる。
ボールを追いかけたい犬もいれば、捕まえたあと持ったまま走り回るのが好きな犬もいます。
大事なのは、おもちゃの商品名ではなく、その犬がおもちゃを使って何をしているか。
ここに、おもちゃ選びのヒントがあります。
「噛む」は、悪いこと?

家具の脚。
スリッパ。
クッション。
子犬と暮らしたことがある人なら、一度くらいは、
「それじゃない。それだけはやめて。」
と思ったことがあるかもしれません。
でも、噛むことそのものは犬にとって自然な行動です。
大切なのは、噛むという行動そのものをなくすことではなく、
噛んでもいいものを用意すること。
人間にとって困るものを噛む代わりに、安全に噛めるおもちゃを選択肢として用意する。
「ダメ」を増やすだけではなく、
「これはいいよ」を増やす。
おもちゃには、そんな役割もあります。
おもちゃ=ストレス発散、ではない

犬のおもちゃについて、とてもよく使われる言葉があります。
ストレス発散。
もちろん、遊んだり、噛んだり、何かに夢中になったりする時間が、犬の暮らしを豊かにすることはあります。
でも、
「激しく遊んだ」
イコール
「ストレスが発散された」
とまで単純化するのは、少し慎重になった方がよさそうです。
遊びには、体を動かすものもあれば、人との交流になるものもあります。
噛む、探す、考えるなど、それぞれ違う行動を引き出すおもちゃもあります。
そして何より、犬によって好きなことが違います。
だから「ストレス発散になるおもちゃ」を探すより、
その犬が自分からやりたいと思える行動の選択肢を増やす。
くらいに考えた方が、犬を見る視点としては自然だと思います。
良いおもちゃは、「犬が選ぶ」

丈夫。
高機能。
人気商品。
知育効果がある。
デザインがかわいい。
どれも、人がおもちゃを選ぶときの立派な基準です。
でも、最後に遊ぶかどうかを決めるのは犬です。
人間が吟味に吟味を重ねて買ったおもちゃには見向きもせず、梱包に入っていた紙に大興奮。
犬と暮らしていると、そんな理不尽もあります。
だから、おもちゃを選ぶときに最初に考えたいのは、
「この犬は、何をするのが好きなんだろう?」
ということ。
噛むのが好きなら、噛む。
追うのが好きなら、追う。
引っ張るのが好きなら、引っ張る。
探すのが好きなら、探す。
考えるのが好きなら、考える。
「犬のおもちゃ」というひとつのカテゴリーではなく、
その犬がしたい行動から、おもちゃを選ぶ。
そんな見方をすると、おもちゃ売り場も少し違って見えるかもしれません。
おもちゃは、犬を疲れさせるためだけのものではありません。
退屈させないためだけのものでもありません。
犬が持っているさまざまな「やりたい」を、家庭という環境の中で安全に楽しむための、ひとつの選択肢。
私たちは、そんなふうに考えています。
だから、おもちゃそのものを見るだけではなく、
そのおもちゃで、この犬は何をするだろう。
そこまで想像しながら選びたい。
良いおもちゃを決めるのは、たぶん人ではなく、犬なのだと思います。